触媒有機化学研究室 研究概要

当研究室では有機化学、触媒化学を中心に、幅広い分野にわたる研究を行っています。基本的には、触媒および触媒反応の開発を行っていますが、酒類の香りの制御や、リチウムイオン電池の電解液分解機構の解明など、従来の研究分野の枠からはみ出すような研究も積極的に行っています。扱う触媒の種類も、均一系触媒(金属錯体触媒、有機触媒)から固体触媒まで幅広く手掛けています。均一系触媒と不均一系触媒の研究を同時に行っているやや珍しい研究室です。扱っている反応は有機合成、ファインケミカル合成向けもありますが、基礎化学品合成、石油化学を対象とした反応が多いです。

九大化学科の講義では、徳永教授は有機化学、村山准教授は反応速度論(物理化学)、山本助教と吉澤助教は有機化学実験を担当していますが、研究対象は講義や学生実験の内容よりかなり広く、有機化学、触媒化学、無機化学、物理化学、化学工学など広範囲に渡ります。学部生の時点で有機化学が苦手でもそれほど問題ありません。

非分子性の無機固体の合成や分析と、分子性の金属錯体、有機物の合成や分析とは、それぞれ専門性の高い分野ですが、これが両方できることを活かして、他の研究者が手をつけていない領域をどんどん開拓しています。

研究テーマの一部を紹介します。

-- 目次 --

  • (1) 有機分子触媒を用いたエステル類の不斉加水分解、不斉加アルコール分解反応

    エステルの不斉加水分解は微生物や酵素の特有の反応と考えられてきましたが、当研究室では、キラルな四級アンモニウム塩を触媒に用いてキラルな「OH–」を作りだし、この反応を人工触媒で行うことに成功しました。不斉加アルコール分解、エノールエステルの加水分解を伴う不斉プロトン化などでも高い選択性が得られています。(福岡工業大学蒲池先生との共同研究)

    ・Yamamoto, E.; Wakafuji, K.; Furutachi, Y.; Kobayashi, K.; Kamachi, T.; Tokunaga, M. ACS Catal., 2018, 8, 1150.
    ・Yamamoto, E.; Wakafuji, K.; Mori, Y.; Teshima, G.; Hidani, Y.; Tokunaga, M. Org. Lett., 2019, 21, 4030.
    ・Wakafuji, K.; Iwasa, S.; Ouchida, K. N.; Cho, H.; Dohi, H.; Yamamoto, E.; Kamachi, T.; Tokunaga, M. ACS Catal. 2021, 11, 14067.
    ・Yamamoto, E.; Kobayashi, K.; Wakafuji, K.; Kamachi, T.; Tokunaga, M. J. Org. Chem. in press.
    ・山本 英治、蒲池高志、徳永 信、有機合成化学協会誌, in press.

  • (2) 担持貴金属ナノ粒子触媒によるソフトルイス酸触媒の反応

    アルケンやアルキンのπ電子などソフトな塩基を活性化して、酸素求核剤、窒素求核剤などの攻撃を促進する金属触媒を「ソフトルイス酸触媒」と呼びます。Pd(II)やAu(I)の金属錯体触媒が多く開発されていますが、これら均一系触媒の欠点として回収、再利用が困難なことがあげられます。当研究室では、担持Pd(0)ナノ粒子、担持Au(0)ナノ粒子が、回収、再利用が可能なソフトルイス酸触媒として働くことを見出しており、さらに応用の幅を拡げています。下記はWacker酸化反応の例です。有機金属化学の教科書をみると、塩化パラジウム触媒と銅の助触媒を用いた例が書いてありますが、Pd(0)の担持ナノ粒子触媒や、[Pd(PPh3)4]などのPd(0)の錯体触媒でも反応が進行することを報告しました。

    ・Zhang, Z.; Kumamoto, Y.; Hashiguchi, T.; Mamba, T.; Murayama, H.; Yamamoto, E.; Ishida, T.; Honma, T.; Tokunaga, M. ChemSusChem, 2017, 10, 3482-3489.
    ・Ishida, T.; Zhang, Z.; Murayama, H.; Yamamoto, E.; Tokunaga, M. Synthesis, 2021, 53, 3279–3289.

  • (3) 担持金ナノ粒子触媒の実用的調製法の開発

    金ナノ粒子はナノテクノロジーの中心的な材料のひとつです。これを固体触媒や吸着剤として使うには、シリカなど酸化物や活性炭などの担体に担持する必要があります。このとき、金ナノ粒子の粒子径は重要で、高性能な触媒として使うには 5 nm 以下など、できるだけ小さくする必要があります。当研究室では、これまで担持が難しかった酸性担体(シリカ、シリカ-アルミナ、ゼオライトなど)にも適用できる新しい方法を開発しました。しかも、触媒調製で最も実用性が高いとされる含浸法が適用できるため、経済性、実用性にも優れた方法です。具体的には、最も汎用的な金の出発物質である塩化金酸をβ-アラニンなどのアミノ酸の錯体に一度変換します。この操作は一段階で行えます。得られた錯体は水への溶解性が非常に高いため、ごく少量の水に溶かして担持したい担体に浸み込ませることができます(含浸法)。これを焼成して金を還元すると、3 nm 程度の担持金ナノ粒子が得られます。

    Murayama, H.; Hasegawa, T.; Yamamoto, Y.; Tone M.; Kimura, M.; Ishida, T.; Honma, T.; Okumura, M.; Isogai , A.; Fujii, T.; Tokunaga M. J. Catal., 2017, 353, 74-80.

  • (4) 担持金ナノ粒子を用いた日本酒の香りの制御

    硫黄化合物はコーヒーの焙煎やローストチキンなどの香ばしい香りの元にもなりますが、多くの場合、悪臭、劣化臭の原因物質とされています。特に 1,3-ジメチルトリスルファンDMTS)は臭いの閾値が 0.18 μg/L と低く日本酒の老香(ひねか)の原因物質となっていることを酒類総合研究所の磯谷先生が報告されています。我々は、DMTS などの硫黄化合物の除去に、担持金ナノ粒子などの貴金属ナノ粒子が有効であることを報告しました。酒造会社で現在用いられている活性炭では吟醸香の原因物質であるエステル成分も吸着されてしまい香りの薄い酒になってしまいます。ここで、例えばシリカ担持金ナノ粒子(Au/SiO2)を用いると、DMTS を選択的に除去することができ、そのお酒本来の香りをよみがえらせることができます。(酒類総合研究所磯谷先生との共同研究)

    徳永 信、村山美乃、磯谷敦子、現代化学, 2015, 535 (10), 23-26.
    村山美乃、磯谷敦子、徳永 信化学と工業, 2017, 70, 1000-1002.
    Murayama, H.; Yamamoto, Y.; Tone, M.; Hasegawa T.; Kimura, M.; Ishida, T.; Isogai, A.; Fujii,T.; Okumura, T.; Tokunaga, M.. Sci. Rep., 2018, 8, 16064.
    磯谷敦子・村山美乃・木村萌水・篠﨑貴旭・山本英治・藤井力・飯塚幸子・徳永信 日本醸造協会誌, 2019, 114, 779-786.
    村山美乃、磯谷敦子、徳永 信 放射光学会誌, 2020, 33, 222-230.
    村山美乃、徳永 信、磯谷敦子 最新吸着技術便覧 プロセス・材料・設計 新訂三版 監修 竹内 雍、NTS出版274-278 (2020).
    村山美乃,磯谷敦子,徳永 信 触媒 2021, 63 (1), 52-55.
    九大理学研究院英文 HP

  • (5) 石油など燃料からの脱硫

    石油に数%程度含まれる硫黄化合物は、燃焼すると硫黄酸化物となり環境を汚染し、また自動車触媒の性能低下、燃費性能悪化などを招きます。現在、製油所で水素化脱硫という手法で硫黄化合物が除去されていますが、数十~数百気圧の高圧の水素や大規模な設備が必要であり、世界には脱硫が不十分な燃料が流通している地域も多いのが現状です。今回、脱硫が不十分な際に残りやすい含硫黄芳香族化合物を、紫外線を当てるだけというシンプルな操作で分解し、生成した硫黄単体を固体粉末の沈殿として分離させることに成功しました。我々の研究グループは、石油中の難脱硫物質であるベンゾチオフェン類やジベンゾチオフェン類を炭化水素に溶かした状態で紫外線を照射すると、酸化反応に続いて電子環状反応などが連続的におこり、2~16時間で完全に分解することを見出しました。また、分解した後に、硫黄は硫黄単体として沈殿することを、各種の分析手法で明らかにしました。沈殿した固体はろ過などで取り除けます。これにより、大規模な設備や耐圧容器が必要なく、簡便な設備で硫黄分の除去が可能であることが示されました。水素化脱硫では、硫黄分が硫化水素という有毒ガスの形で排出されるため、その処理も安全に行う設備が必要ですが、今回、開発した手法では硫黄単体という無毒で不溶性の固体に変換されるため、さらなるコスト低減や、安全性の確保が容易である利点などがあります。(トヨタ自動車稲見氏との共同研究)

    Shinozaki, T.-A.; Suenaga, M.; Ko, Y.; Yamamoto, E.; Murayama, H.; Tokunaga M. J. Clean. Prod., 2022, 370, 133402.
    九大のプレスリリース
    乗り物ニュース2022年8月31日、Yahoo ニュース 2022年9月1日、日刊工業新聞2022年9月8日など掲載多数